yuyuの備忘録

読書記録、ときどき海外ドラマ。

「明治バベルの塔 」山田風太郎

ちくま文庫
1997

ちくま文庫から出ている山田風太郎明治小説全集の12巻目。
1980年代に書かれた4編が収められている。明治暗黒星も併収。

明治という時代の面白さが存分に味わえる。
どの作品も出てくるのはエキセントリックな人たちばかり。

明治バベルの塔

物語の舞台は新聞、万朝報。万朝報といえば、幸徳秋水内村鑑三などが所属していた新聞だ。
足尾銅山など背景としつつ、描かれるのは主筆黒岩涙香の奮闘の日々。
洋風の探偵小説やゴシップなどで部数を伸ばし、一方で幸徳や内村らに自由に書かせる。
新聞として権力に挑む姿勢を保ちつつ、同時に経営も成り立たせるそのバランス。幸徳秋水などからしたら商売のための"濁った正義"などと言われたりもするが、萬朝報という新聞は黒岩涙香の才能によって何とか保たれていたとも言える。
ライバル紙台頭に対し、発行数を伸ばすために涙香が発案したクイズ欄。暗号を解きながら読んでゆくのも面白いかもしれない。

牢屋のぼっちゃん

作者によるあとがきによると、この作品は牢に入るような人物を、ぼっちゃんのような文体で描こうというアイデアが元だという。
モデルは李鴻章を狙撃して牢に入ることとなった小山六之助。北海道、釧路と網走での小山の日々が描かれる。
この主人公が何とも面白い。黙って典獄にゴマスリをしておけば大変な目にも遭わずに済むのだが、そうはいられない。
最後、結局恩赦で釈放されるとは、何とも皮肉な結末だ。

いろは大王の葬儀場

主人公は明治の牛鍋屋のチェーン店を経営するやり手の実業家、木村荘八
この木村というのがかなり変わった人物。しかもバイタリティに溢れている。
子供は30人もいて、名前も面倒になったのか最後の方はほぼ番号順。ちなみに洋画家の木村荘八は彼の息子。

その木村が何を思ったか新式の火葬場をオープンするのだがなかなか客が取れないという話。
客の第一号となってもらおうとターゲットとして続々と登場する明治の有名人たちも面白い。ラフカディオ・ハーン岸田吟香(息子は岸田劉生)などなど、次々と出てくる。
オチは途中で見えてしまうけれど、次々と面白い人物が登場するので飽きない。

四分割幸徳秋水

これも作者のあとがきによると、人間を4つの面に分割して描こうというアイデアのもとに生まれた一作。幸徳秋水以外にもやってみようと思ったがなかなか上手く資料もなくその後が続かなかったらしい。
最初の明治バベルの塔にも登場する幸徳秋水。一種のアジテーターとしての建前とその裏での姿、更にはドロドロの私生活と、本人も意識していない意識の面。
幸徳秋水の運命を大きく変える、菅野須賀子という女性。結局は、彼自身がこの運命を引き起こしたのだといえなくもないのかもしれない。

明治暗黒星

最初はどこに物語が向かってゆくのかとよくわからないまま読み進めた。それがまさかまさかの星亨の暗殺者の物語へと繋がっていくとは。
星亨といえば、坂の上の雲秋山真之アメリカに行った際の駐米公使だったという覚えしかない。星の生い立ちはとにかくすごくて驚きだった。
没落してゆく武家の伊庭想太郎。彼の家に出入りしていた酔っ払いの親の息子だったはずの浜吉はいつの間にか名前まで変えて星亨となり、重要人物となっている。
自分の恋人は星に取られ、私生活も何もかも上手くいかない想太郎は星へ一方的な恨みを募らせる。そして30年という時を経て総太郎は暗殺という凶行に及ぶことになる。

すごいのは、星亨が何度も問題を起こしながらもそのたびに舞い戻っていること。
優秀な人材が貴重だったというのももちろんあるだろうが、それだけではない、明治という時代の面白さがそこにあるように思えた。