yuyuの備忘録

読書記録、ときどき海外ドラマ。

「フランス革命の代償」ルネ・セディヨ

山崎耕一訳
草思社文庫
2023

著者、ルネ・セディヨは経済雑誌La vie Françaiseの編集長を長く務めた人物。
客観的にフランス革命がプラスだったのかマイナスだったのか、収支決算すると冒頭に書かれているが、歴史を決算するなどそう簡単に出来るものではない。
本書がどういう立場で書かれたのか、訳者あとがきに簡潔にまとめられている。

本書で彼が主張しているのは、要するに、「アンシャン・レジーム末期からエリート官僚によって近代化が試みられており、その多くは成功していた。それなのにフランス革命が穏和な改革を中断し、科学者など知的エリートの役割を認めず、社会に混乱をもたらしたため、革命と帝政の四半世紀が終わったときにフランスはあらゆる面でイギリスに水を開けられていたのだ」ということである。

第一部で人口要因、第二部で経済要因と大きく分析がされている。
一般向けの書と言いつつ、革命から王政までの歴史に詳しくなければ読み進めるのは難しい。
人口要因の部分で描かれる人々の熱狂する様子と行き過ぎた人々の行動、そしてそれらとは関係なく変わらない暮らしを送る人々の描写は興味深かった。

我ながらよく最後まで読み切ったものだと思う。

「日本探検」梅棹忠夫

講談社学術文庫
2014

文明論的紀行を書くという趣旨のもと、1959年から中央公論に連載された「日本探検」。
論考は大きく分けて福山、綾部、北海道、高崎山

福山の旅では地方と中央との関係に思いを馳せる。
綾部は大本教発祥の地。エスペラントを軸として、世界宗教として各国の宗教との類似性の指摘は興味深い。

根釧パイロットファームを見に行った著者が提案するのは北海道の同質、分離。
戦後、最北端の開拓地とならざるを得なかった北海道。開拓をすることが北海道の存在意義のようになってしまっている状況と、都市部を中心に進む本州との同質化。これが北海道の進むべき道なのかと疑問を投げかけている。

高崎山などは日本の猿研究の歴史を記録しようとしたもので、興味深い。猿の餌付けをはじめとするユニークな学者たちのエピソードは読んでいるだけで面白い。

出来ることなら、もっと多くの旅をして紀行シリーズとして実現して欲しかった。

「隠された十字架-法隆寺論」梅原猛

新潮文庫
1981

吉本隆明中沢新一との対談が難しすぎたため、一度も読んだことのない梅原猛の本をきちんと読んでみたいと思い手に取った「隠された十字架」。

yyy1994.hatenablog.com

聖徳太子ゆかりの寺とされる法隆寺だが、実は太子とその一族の鎮魂のための寺ではないかというのがこの本の論旨。
その根拠として例えば、日本において祀られてきたのは政治的敗者や悲惨な最期をとげたものが多いということ。そして太子の息子である山背大兄王ら一族が一網打尽にされたこと、歴史の中での藤原氏の言動を挙げている。

率直に、どうしてこれがベストセラーになったのかと疑問が浮かぶ。
「太子の魂よ、〜」「〜思いはこうではなかっただろうか。」等、言い回しが独特で推察が多いのに独断的である。

もう一つの疑問が、この本がベストセラーになったあと果たして法隆寺に対する見方は変わったのかということ。
少なくとも私自身はこの本を読むまで法隆寺は太子ゆかりの寺、というのが刷り込まれていた。
独断的な部分はあったにせよ、根拠を挙げながらの大胆な仮説であったことは間違いない。反論含め、学術的な議論はなされたのだろうか。

海外ドラマ「カササギ殺人事件」

キャスト レスリー・マンヴィル、コンリース・ヒル、ティム・マクマランほか
製作年 2022

原作は2019年にこのミステリーがすごい!を始めとする数々の賞を受賞したアンソニーホロヴィッツの小説。それをホロヴィッツ自ら脚色してドラマ化したもの。

このドラマ、構成は劇中劇。
編集者であるスーザン・ライランドが主人公。そこにアラン・コンウェイの新作の「カササギ殺人事件」の謎解きが組み込まれて両方が進行していく形。
ドラマではパラレルのように同じ人物が演じているため、なかなか分かりにくい。

全体の雰囲気もちょっと暗いけれど暗すぎず、いかにも英国ミステリーと言う感じがする。

(以下ネタバレあり)

結末にはちょっとモヤモヤが残る。
結局のところ、アランは良い人だったのか。そして、いくら事件があったとはいえ、出版の仕事をあっさり辞めてクレタ島に行くと言うのはどうなのか。

「美貌格差:生まれつき不平等の経済学」ダニエル・S・ハマーメッシュ

望月衛
東洋経済新報社
2015

タイトル通り、美形かどうかが人生、中でも仕事に与える影響について論じたもの。
そのためには美形の定義からしなければならない。顔に点数をつけて採点してもらうしかない。著者によると、美形かどうかは世代や人種によってあまり変わりがないという。つまり、自分が美人だと思う人は大抵の人にとっても美人。その逆も然りということだ。
その前提のもとで議論が進められていく。

著者が出す結論は至って明確だ。
顔が平均より下位の人は、上位の人に比べて年収が明らかに低い。美形かどうかは顧客の好みや経営者の好みを通して年収に影響を与える。
そのため、ブサイクは保護されなければならないと。

予算が限られる中で彼らをどの程度保護すべきなのか、特にアフリカ系の人など、既にマイノリティとしての権利が認められた人たちとのバランスも問題となってくるだろうと著者は言う。
ブサイクには希望も何もないような結論が導かれているが、著者は至って大真面目なのだ。

「現代ロシアの軍事戦略」小泉悠

ちくま新書
2021

ロシアによるウクライナ侵攻前の本。

あとがきで著者自ら述べているように、かなり軍事寄りの視点からのロシア分析。
読んでいけば、強いわけではないが弱くもないロシア軍、という意味がよく分かる。
そして、いかに普段西側からの視点で物事を見ているかも自覚させられる。
NATOの拡大やアラブの春などを自国に対する西側の絶え間ない攻撃であると捉えるロシア。

恐ろしいのは、局地における代理戦争であろうとテロ組織などの非国家主体であろうと、最終的には大国間の大規模戦争につながるシナリオを想定しているということ。
西側の一員とみなされる日本はどこまでそれを意識し、対処方法を考えているのだろう。不安になった。

「ヘンリー六世」ウィリアム・シェイクスピア 松岡和子訳

ちくま文庫
2009

リチャード三世のあと続きで読みたいと思いつつ、値段が結構するなあと思っているうちに間が空いてしまった。

yyy1994.hatenablog.com

描かれるのはジャンヌ・ダルクも登場する100年戦争末期から薔薇戦争
国内の政局対立が戦場にも持ち込まれ、フランスでの戦いは窮地に立たされる。そして更にその対立が王位継承権をめぐる薔薇戦争へと向かってゆく。

親子や兄弟、更には同じ名前でも代が変わっていたり、人が変わっていたりとかなりややこしい。解説によると、シェイクスピアが史実と異なる形で親子を同じ人物にまとめていたりする箇所もあるようだ。
そんなややこしいヘンリー六世だが、読んでいて心惹かれる登場人物が多かった印象。まず挙げられるのはフランスでの戦い、ジャンヌ・ダルクと対するトールボットだろうか。そしてクリフォード親子、王妃マーガレット(ヨークを捕らえた場面はかなりの迫力)、ヘンリー六世の息子の皇太子エドワード、ウォリックなどなど。

タイトルのヘンリー六世は、心優しい優柔不断な青年という人物造形。
グロスターを信頼していながらも、彼が政敵によって暗殺までされるのを止めることも出来ない。そしてヨーク公爵から自らの王位の正当性を主張され、それを受け入れて王位を息子ではなくヨークに譲ることを受け入れてしまう。それらは気の優しさ故といえるだろうか。
フランスからやってきた気の強い王妃マーガレットらに時には流され、意思がはっきりせず、それが戦局を混乱させてゆく。

また、父と子が多く描かれているのも特徴的だろう。
戦場でともに戦うトールボットやヨークなどの親子、そして殺されたもののかたきを討つ子や親。ヘンリー六世が眺める戦場において、気づかず親を、そして子を殺めてしまった名もなき2組の親子。

刻々と変わる戦況とそれに流される個々の描写が存分に楽しめる一冊だった。