yuyuの備忘録

読書記録、ときどき海外ドラマ。

「ヴァーグナー家の人々 30年代バイロイトとナチズム」清水多吉

中公新書
1980

ワーグナーの妻コージマから始まって息子のジークフリートジークフリートの年の離れた妻ウィニフレッド、その息子ヴィーラント、そしてヴィーラントの弟のヴォルフガンクへと受け継がれてきたバイロイト音楽祭。そんな音楽祭の歩みを歴史的背景と共に描いた一冊。

ワーグナー亡き後、その全てを受け継いだのが妻コージマ。
父はリスト、前夫は指揮者ビューローという音楽畑で、自身も音楽的才能にも恵まれていた彼女。音楽祭での演奏や演出などにも指示を与えていたという。
そしてルートヴィヒ2世の時代を知る最後の人でもある。ホストとしての彼女の身のこなしには人を惹きつけるものがあっただろう。

そんなコージマを受け継いだ一人息子のジークフリート
才能や圧倒的な個性、指導力は無かったようだが、本書を読む限り穏やかで至極真っ当な人物だったように見える。少なくともトスカニーニジークフリートの為にバイロイトにやってくる程の人物ではあったようだ。
しかしその彼もコージマの死後、4ヶ月程で亡くなる。

次にワーグナー王国を継ぐことになったのがジークフリートの妻、ウィニフレッド。専門的な音楽教育を受けた訳でもなく、しかもイギリス生まれ。強靭な意思の持ち主で、そのバックグラウンド故か、誰よりもワーグナー家の一員で、そしてドイツ人らしくあろうとする。そんな彼女がナチズムの時代のワーグナー王国を支えてゆくことになる。
若き日に見たヒトラーの姿がよほど強烈だったのだろう。戦後になってからの彼女のインタビューからも、ヒトラーとその思想に相当心酔していた(最後まで心酔し続けている)ことが分かる。彼女の政権との繋がりのおかげもあってバイロイトは聖地となり、ワーグナーの音楽は大衆へと広がっていく。

ナチスとの関係から引退へと追い込まれたウィニフレッドに代わり戦後は息子のヴィーラントがナチスのイメージからの脱却を図ることとなる。
ヴィーラントによってバイロイト音楽祭は国際色豊かになり、「ヴィーラント様式」と称されることになる新たで異様な、無機質ともいえる新たな演出が生まれる。

そして兄の跡を継いだヴォルフガンク。この本では彼の地味ともいえる演出と、外国人演出家の起用のところで終わっている。

その後の世代、ヴォルフガンクの後のワーグナー家は細分化。ヴィーラントの4人の子供にヴォルフガンクの3人の子。加えてナチスを嫌って亡命した長女フリーデントとその家族。
今後の展望でも述べられている通り、やはり当主をめぐる問題は燻る。
2008年にヴォルフガンクが引退。2人の娘、エファとカタリーナが跡を継いでいる。しかし、33歳という歳の差に加えて先妻と後妻の子ということもあり、関係が上手くいっていないという話もあるよう。エファが2021年に倒れたという報道もあるが、現在どういう状態で運営はどうなっているのか現時点ではっきりと分からない。
財政面からも一族だけでどうにかやっていけるものではなくなっているし、ワーグナー家によるバイロイト音楽祭というシステム自体が限界に来ているのかもしれない。

最後に、ナチスの協力者というイメージを持っていたフルトヴェングラー。ウィニフレッドとの関係性の中から抵抗の跡も見えてきて、個人的には新たな発見だった。