yuyuの備忘録

読書記録、ときどき海外ドラマ。

「ヒトラーのオリンピックに挑め-若者たちがボートに託した夢」ダニエル・ジェイソン・ブラウン

森内薫訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫
2016

スポーツ青春小説といったところだろうか。文庫本で上下2冊。

ボートというと上流階級、そして東部のもの。そんな常識に挑戦し、オリンピックへの切符を目指す西部のワシントン大学の労働者階級中心の青年たち。
世界恐慌と戦争の影の迫る時代、彼らはベルリンオリンピックでの金メダルを目指す。

この本、話があちこちに飛んでちょっと読みにくいのだけれど、題材が良いからか十分楽しめる。
この物語の主役とも言えるジョー・ランツがワシントン大学のボート部の門を叩くところから物語は始まる。しかし、その後は当時のシアトル街の貧しい状況に一気に話が変わる。
更にはボート競技の説明、ワシントン大学のボートの歴史、更には世界恐慌のさなかの状況にナチス下のドイツについても話は飛ぶ。
その間に挟まるようにジョー・ランツの過酷な人生について記される。

ボート競技というだけあって登場人物も多い。
中でも出番が多いのがコーチのウルブリクソンとシェル挺を作っているジョージ・ポーコック。おそらく作者にとって魅力的な人物だったのだろう。
ポーコックは確かに面白くて、彼だけで一冊別の本を書いてほしいくらい。

ただ、せっかくならメンバーの描写をもう少ししてほしかった。それぞれの育ちやジョーとの初対面が描かれているだけなので名前を覚えるので精一杯。
友情の部分の描写が少ないので、エピローグのオリンピック後のクルーの交流のところがいまいち心に沁みてこなかったのが残念。

ちなみに、ポーコックはボート製作者の息子としてイギリスで生まれ、イートン校の漕手たちを見ながら育った。自身も優秀な漕手であり、上流階級の青年たちと対等に話をするためにアクセントを矯正するなど意思の強い人物。仕事を得るためアメリカに渡り、ワシントン大学に拠を構えてボート製作をしている。
時にはシェイクスピアの引用も交えながら、ボート部の青年たちを後押ししていく姿はもはや神秘的。

オリンピックのところで驚いたのは対戦相手のイギリスの整調がイギリスの俳優ヒュー・ローリーの父の"ラン"ローリーだったこと。
ケンブリッジの学生が集まり、身につけるものも違う。イギリスではやっぱりボート競技は上流階級のものみたいだ。

その後の戦争を全員が無事に生き延びたのもすごい。
ボート部員は学問でも優秀さを求められたことが大きな要因のようだ。何人かは工学が専門だったため、ボーイング社などで役割を担ったという。

映画化の話は進んでいないようだが、PBSがドキュメンタリーを制作している。


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皮肉なことではあるけれど、彼らの姿を見ることができるのもレニ・リーフェンシュタールの撮った素晴らしい映像があるから。
本を読んだあとに見るジョー・ランツを始めとするクルーたちの笑顔や漕ぐ姿はただただ美しく、知り合いかのように見入ってしまう。
今まで見る機会がなかったのだけれど、オリンピアも見てみたくなった。