yuyuの備忘録

読書記録、ときどき海外ドラマ。

「自由への道(1)」J・P・サルトル

海老坂武・澤田直
岩波文庫
2009

60年代フランスの代表的知識人、J・P・サルトル
「実存は本質に先立つ」という言葉で知られる、実存主義を唱えた哲学者。
訳者解説によると、サルトルの志はスピノザであると同時にスタンダールになることだったという。

1938年に小説「嘔吐」で世に知られるようになり、その続編として構想されたのが「自由への道」。
構想は1938年の春頃、第二次世界大戦勃発の1年ほど前。当時サルトルは高校教師をしていたが戦争とともに動員、フランスの敗北とともに捕虜となる。

この小説も世界情勢の急変を反映して、当初の構想から大幅に変更がなされているという。
第一部「分別ざかり」は1945年9月、第二部と同時に発表。

サルトルはある段階でこの小説の完成への興味を失ったようで、岩波文庫版で6巻までの未完に終わっている。

戦争勃発前でもあり、歴史的な背景が薄めな第一部。
登場人物たちの個人的な悩みが描かれるものの、大半の者にとっては世界はまだ平穏で変わらぬ日々。スペイン内戦は大半のフランス人にとっては人ごとに過ぎない。

まず登場するのがマチウ・ドゥラリュ。「自由」を重んじて哲学教師をする彼は、恋人マルセルの予期せぬ妊娠に見舞われ、なんとか堕胎させようと奔走する。
病弱な女性として描かれるマルセル。思っていることを口に出さない、というより感情を整理して口に出す方法がわからないといった感じの女性。
2人は何でも話し合うのだといいながら、マルセルが本当に堕胎を望んでいるのか、見えてこない。

次に出てくるのがマチウの友人、イヴィックとボリスの兄弟。
一家はロシアから革命を逃れてきて、子供たち2人は勉強のためにパリにいる。
マチウが不思議な魅力持つ気難しいイヴィックに惹かれ、恋をしている様子も描かれる。
イヴィックの弟であるボリスはマチウの大人になりきっていない、社会に染まっていないところに惹かれているようす。

そしてマチウの友人、ダニエル・セレノ。恐ろしいほどの美男子。
あえて人を傷つけてその反応を楽しんだり、飼い猫を殺そうとしたりサディスティックなキャラクター。しかし最後のところで悪になりきれない自分への失望と苛立ち。

第一部の段階では共産党員のブリュネだけが戦争が迫っていることを予見している。
社会に自分はどう関わるのか、サルトルのテーマといいえるアンガジュマン(英語だとengagement)がマチウに一番わかりやすく現れているように見える。

こうしたことすべてを通じて彼の唯一の関心は拘束されない状態でいることだった。なんらかの行為のために。全生涯を拘束(アンガジュ)し、新たな生も始まりとなるであろう、自由で考え抜かれた行為のために。(p117)

一足先に「大人」になったマチウの兄が弟に向けて放った言葉。
「大人」からの最もらしい言葉にマチウは反発するが、痛いところもついている。

「おまえの人生は、反逆と無秩序にたいするじつはとても穏やかな嗜好と、ほとんど因習と言いたいぐらいの秩序や精神衛生へと向かう根強い性向とのあいだで交わされる永遠の妥協のようなものだ。その結果、お前はあいかわらず万年学生に留まっている。」(p243)

まずはマチウとマルセルが子供の問題をどうするのか気になるところ。永遠に拘束されない状態で、万年学生のようにいたいというマチウの願望とは別に目の前に迫る現実。
更にはこの先の社会情勢の変化に登場人物たちはそれぞれどう向き合ってゆくのか。
ダニエルはどんな道へ進んでゆくのだろうか。ブリュネの誘いを心の底から有難いと思いつつ断ったマチウはアンガジュマンへと踏み切るのだろうか。